ジョニー黒木の魂のエース育成プログラム
ジョニー黒木 魂のエース
出典:Wikipedia1998年7月7日、千葉ロッテは16連敗中であり、この日のオリックス・ブルーウェーブ戦に連敗脱出を賭けて先発登板。福澤洋一捕手とバッテリーを組み、9回2アウトまで打ち取るも、ハービー・プリアムに同点2ラン本塁打を浴びる。その後延長にて近藤芳久が広永益隆からサヨナラ満塁本塁打を打たれ、チームは日本プロ野球史上初の17連敗。人目も憚らずマウンド上でしゃがみ込み涙を流した。この敗戦は七夕の悲劇と呼ばれている。同年のオールスターゲームに初出場しており、最多勝利・最高勝率のタイトルを獲得した。翌1999年もオールスターゲームに選出されるなど、長らくロッテのダブルエースとして小宮山悟と共に低迷時代を支え、2000年には小宮山がチームを去った後は正真正銘のエースとして期待されるが、キャンプにて右足に怪我を負う。無理を押して開幕に備えるも、開幕戦(ダイエーホークス戦)で秋山幸二に初回先頭打者本塁打を打ち込まれると、そのまま引きずってしまい、前半戦の防御率は10点台と絶不調に陥る。その後、前年から決まっていたシドニーオリンピック野球日本代表に向けて二軍で調整し、五輪でも活躍。後半戦はエースとして活躍するも、実は右肩の違和感を持ったままのピッチングが続いていた。9月13日には1000投球回数を記録した。2001年には開幕から絶好調が続くが、前年の肩の違和感を引きずったままであり、ファン投票で選出されたオールスターゲームに強行出場した後、後半戦からは姿を消し、長い怪我との戦いが始まる。この闘病の記録があるため「弁当の呪い」を受けた選手の一人とされている。